’86 - ’91

マスロックの原型

1986年、米国・ケンタッキー州ルイビルで結成されたSlintは、音数を絞ったギター、静けさと爆発的な音の対比、不規則なリズムを使い、ロックの組み立て方そのものを変えました。

当時から「マスロック」という言葉は広く知られていたわけではありませんが、Slintの音楽は後のマスロックの原型のひとつになったといわれています。

また、1991年に始動したDon Caballeroは、複雑なリズムと反復するギターを前面に出し、マスロックを明確な形にしました。

主なバンド

SlintDon Caballero

’89 - ’95

ミッドウェストエモの原型

1989年、当時10代だったTim KinsellaとMike Kinsellaは、Victor Villarreal、Sam Zurickとシカゴ郊外でバンドを始めます。後にCap’n Jazzとなり、Davey von Bohlenも加わりました。Timの切迫した歌、Mikeのドラム、Victorの複雑なギターが、ひとつの型に収まらない音楽性であるミッドウェストエモの原型を生み出しました。

活動は1995年に終了。しかしながら、解散後に5人が別々のバンドへ進んだことで、Cap’n Jazzは終点ではなく、シカゴと中西部のエモ(ミッドウェストエモ)が拡大する起点となりました。

主なバンド

cap’n jazz

’95 - ’99

ミッドウェストエモの派生

Cap’n Jazzの解散後、Tim Kinsella、Mike Kinsella、Sam ZurickはJoan of Arcを始め、パンクの形を電子音や実験的な方向へと広げました。MikeはThe One Up Downstairsを経てAmerican Footballを結成。Davey von BohlenはThe Promise Ringのギターボーカルを担いました。

Victor VillarrealとSam ZurickはインストゥルメンタルバンドGhosts and Vodkaを始動。cap’n jazzの解散から、歌を中心にしたエモ、静かなギター音楽、インストゥルメンタルバンドが同時に派生していきました。

’00 - ’04

Cap’n Jazzのメンバーが進んだ先

2000年代前半は、Cap’n Jazz解散後に分かれた活動が、それぞれの形をはっきりさせた時期です。

2001年にはCap’n Jazzの初期4人がOwlsとして再び集まりました。Mike Kinsellaは同じ年にOwenを始め、Tim KinsellaとSam ZurickはJoan of Arcを経てMake Believeを結成。同じメンバーが組み合わせを変えるたびに、新しい音楽性が広がっていきました。

この時期のKinsella周辺は、ひとつのバンドの「その後」ではありません。Cap’n Jazzで混ざっていた様々な要素が、複数のバンドへ分かれ、それぞれ深められていく過程の時代でした。

主なバンド

OwlsOwenJoan of ArcMake Believe

’05 - ’09

マスロックとミッドウェストの融合

英国で2002年に結成されたThis Town Needs Guns(現在のTTNG)は、2000年代後半にマスロックの新しい形を作りました。2008年の『Animals』では、変則チューニングによる特徴的なアルペジオに技巧的なタッピングを組み込んでいます。

複雑な演奏を前面に出しながら、曲としても聴きやすい。その両立によって、マスロックは「変わった拍子のロック」としてだけではなく、誰もが楽しめるジャンルにより近づきました。

またそれにミッドウェストエモから受け継がれたエモーショナルさやDIYの精神も加わり、マスロックをより新しい形に拡張していきました。

同じ頃、米国・フィラデルフィアで結成されたAlgernon Cadwalladerは、ミッドウェストエモの特徴を持ちながら、マスロック的なギターの複雑さを取り入れました。変則チューニングやタッピングを使いながらも歌とメロディを中心に据えた曲作りもまた、マスロックとミッドウェストエモの融合を象徴しています。

主なバンド

TTNGAlgernon Cadwallader

’00 - ’09

ゼロ年代のJapanese Math Rock

ゼロ年代の日本では、複雑なリズムや変則的な曲構成を取り入れたバンドが次々と姿を現します。

BOaTの活動休止後、AxSxEはNATSUMENを始動。大編成によるカオティックな演奏は、独自の熱量を生みました。

NUITOはマスロックの複雑さを3ピースに凝縮。一方、凛として時雨は、急激な曲展開と鋭いサウンドのアンサンブルを歌のあるロックとして広く届けています。

同じ時期に活動を始めたtoeは、精密なドラムと繊細なギターによるインストゥルメンタルを日本国外へも広げ、アジア各地のバンドに影響を与える存在となりました。これらのバンドは同じ系譜に属していたわけではありません。それぞれが異なる場所から、日本独自のマスロックを形づくっていった時代です。

主なバンド

BOaTNATSUMENNUITO凛として時雨toe

’10 - ’14

リバイバルが世界へと広がる

Cap’n Jazzは2010年に再結成公演を行い、American Footballも2014年に活動を再開。再発盤、配信サービス、YouTubeによって、1990年代の活動を知らない世代も過去の作品へたどり着けるようになりました。

2011年に中国・武漢で結成されたChinese Footballは、その名前からサウンドの構築にいたるまでAmerican Footballへの敬意を明確に示しました。ただし、これは単なる再現ではありません。武漢のインディーシーンで生まれた中国語のこの音楽は、言語や地域を越えて世界へと広がっていきます。

またリバイバルは世界のグローバリズムの流れに乗せられるようにして東南アジアにも広がっていきました。東南アジアではインドネシアのMurphy Radio、フィリピンのtide/editなどインストゥルメンタルのマスロックバンドが台頭し、言語の壁を超えたジャンルの広がりを見せました。

そしてこの時期のリバイバルは、昔の音へと戻るだけの運動ではなく、それぞれのバンドが独自の個性を持ちながら進化していったことも特徴的です。

’15 - ’19

バンド、SNS、アイドルが交差するマスロックの最盛期

2010年代後半は、様々なカルチャーがマスロックを中心地にして集まったカオスの時代です。CHONはプログレッシブメタル、ジャズ、フュージョンに近い側面から、高速で精密なインストゥルメンタルを世界中のギターキッズ達へ届けました。CovetはYvette Youngの変則チューニングとタッピング奏法によるテクニカルな演奏を進化させました。

Ichika Nitoは、バンドではなくInstagramやYouTubeの短い演奏動画からギター演奏の様々なアプローチを発信。

日本のアイドルシーンでは、照井順政が手がけたsora tob sakanaが、変拍子の難解な楽曲をアイドルの歌と振付へ連動させました。テクニカルなバンド、SNSのギタリスト、アイドルシーンまでが交差したことで、この時期はマスロックが最も混沌とし、同時に多くのクリエイティビティが発揮された最盛期であったといえます。

主なバンド

CHONCovetIchika Nitosora tob sakana

’20 -

Origami Angelと多様な表現の広がり

Origami Angelは2019年の『Somewhere City』で注目を集め、2021年の『Gami Gang』でその音楽性を大きく広げました。ミッドウェストエモの素直な感情、マスロックを通過したポップパンクとイージーコアの軽やかな勢いを、ツーピース編成の中で目まぐるしくその楽曲に落とし込んでいます。

それは単なる1990年代の再現ではなく、ゲームや日常の世界観を題材にした親しみやすさと情報量の多い演奏が同居した新たな音楽です。Origami Angelの登場によって、マスロックとミッドウェストエモの接点は、懐古ではなく次の世代のポップミュージックとして更新されました。

同じ時期、ハイパーポップを含む電子音楽でも、急な展開、細かな音の配置、強く加工した音と生楽器の同居が目立つようになります。こうした、短い単位で情報を組み替え複雑さをポップに聴かせる感覚にはマスロックとの共通点があります。

2020年以降のphritzにおける、アコースティックな質感を精密な電子音響へ取り込む手法はマスロック的な側面も垣間見えました。現在、マスロック的な細密さはバンドという枠のの外へも広がり、DTMやインターネットとのコラボレーションの中でも、また別の形に変換されて続けています。

主なバンド

origami angelphritz

参考資料